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今日もアートスクール

京都アートスクールの4校(京都駅前七条校、京都 北大路駅前校、滋賀 彦根駅前校、NET通信実技センター)の日々を随時更新。
05 April

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23 January

ナポレオン・ボナパルト

こんにちは彦根校の片岡です。

私は最近通勤電車の中でブログの記事を考えるようにしているのですが、偶然にも昨日の林先生のブログの記事と被ってしまいました。ナポレオンボナパルトが簡潔にかっこいい言葉で言っている事を長々とわかりづらい文章で言ってみる事にします。


世界の車窓から彦根編

デッサンや絵を制作している人が、たまに考え込んで手が止まっているのを見かけます。わたしも絵の前で何時間も何もしないことがあります。
受験生であれば3時間から12時間の制作時間がほとんどですが、
3時間の間ずっと手を動かすなんてことはまず不可能ですし、そんな必要もないです。
問題は手を止めて考えているのか、手が止まってしまい、考え込んでいるのかです。
前者であれば問題はありません。後者はそれがたまに起こる事であればそれが普通ですし特に問題ではないですが、それが頻繁に起こるのであれば少し気にしてみましょう。
手が勝手に止まってしまうのは迷っている証拠じゃないでしょうか。
このまま進めて大丈夫なのかと迷っているのだと思います。
迷う事自体は問題ではありません。迷う内容がどっちにしようかと選択肢で迷う分には良いですが、自分のやっている事に自信が持てず、ひょっとしたら正解があってそれを自分が知らないだけだと思い込んで迷ったりは問題ありです。正解はやってみないと誰にもわからないし、とにかく思ったことをやってみて欲しいです。受験と言う限られた制作時間のなかでコンスタントに安定した作品を制作するには合理的にならざるをえないのが実情です。だからこそ手を止めて考える時間が大切なのです。また、迷うタイミングは作業そのものをしている最中には無い方が良いのではないかと思います。
なぜなら考える事と同時に描く事はできないと思うからです。ならば、手を止めて作品を見る時に迷うべきではないでしょうか。
絵を描く行為は意識の塊です。手を止める時は意識して止めるべきです。ここをこうしたいだとか、ああしたいだとか、全てが意識であり、なにも思わないとなににもなりません。迷いながら絵を描けば迷っている絵になります。しかし何も思わずに絵を描く事が出来るのであればそれは理想かもしれません。そんなことを考えたことはありました。

片岡

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