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今日もアートスクール

京都アートスクールの4校(京都駅前七条校、京都 北大路駅前校、滋賀 彦根駅前校、NET通信実技センター)の日々を随時更新。
20 April

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30 January

デッサンって面白い

こんばんは。
彦根教室から池田です。

直前講習も第3期間に突入し、ますます緊張感が高まってきました。
彦根の生徒たちも、降りしきる雪に負けず頑張っています。
  

  

この程よい緊張感を保ったまま、試験まで頑張りましょう。



話は変わって、デッサンの話を少し。

先日、制作中に一人の生徒から
「これ以上描くところが見当たらない。あと何を描けばいいでしょう?」
という質問がありました。

「え!?そんなことってあるんですか!?」
と少し衝撃を受けました。

僕自身、鉛筆デッサンが好きということもあるのでしょうが、デッサンを描いていて
「描くところが無くなった」
「全てが完璧に描ききれた」
という感覚になったことは一度もない気がします(※紙がつぶれたり破れたりして、これ以上描く
ことができないという状態には何度もなっていますが)。
もちろん、僕の表現力不足だったりもするかもしれませんが、
どこまで描いても、何時間描いても尽きることのない情報が溢れ出してきます。
どれだけ描いても、表現できていない部分が見えてきます。

なので、
例えば本日のように「ブロッコリー、ティッシュ箱」がモチーフで与えられて、もう描くところが無い
なんてことになったら、それはもう僕の中では
「描かれたブロッコリーにマヨネーズをつけて食べてしまえる」
「描かれたティッシュペーパーの箱からティッシュを2枚引き抜いて、鼻をかんでしまえる」
というレベルに達しています(少し大げさですが…)。
画用紙に描かれたそれは、もう完璧にブロッコリーやティッシュ箱になっているということです。

もちろん、そう錯覚してしまうほどのリアリティーを求めて描きますが、本当にそうなったと確信で
きたことは、ほぼありません。

確かに、決められた時間の中でデッサンや着彩をする場合には、このモチーフのどこを描くべきか、
どこを描かないべきかを選択していく中で、目の前のモチーフのベストな状態を探ることにはなりま
す(もちろん、できるだけ早く手を動かし、できるだけ沢山の情報を描き込む意識の上で、です)。

そういう意味で考えると、その生徒にとって、その状態がベストだったのかもしれませんが、その
時点ではまだまだ不足していると感じました。「もっと描ける」と感じました。
最近、そういう経験が多々あります。

何が言いたかったかというと、
「もっと目の前のモチーフをよく観察してほしい」
「もっとモチーフが発する情報を発見してほしい」
ということです。
モチーフに対して「ここまで」という線引きが、全体的に早いのではないか?ということです。

もちろん、試験である以上、時間は限られてしまうので限界はあります。
試験が近く、時間配分含め、まとめの時期に入っていくのもわかります。
ですが、もっともっとモチーフから色々な発見をしてほしいと思います。

その発見こそ、デッサンの面白さなのではないか、、、
たとえ試験でもその面白さは失うべきではないのではないか、、、
そんな、発見することの面白さをもっと知って欲しい、、、
と、試験が近いからこそ思う、デッサンが大好きな池田でした。
(個人的には、デッサン中に新たな発見をした場合、少しにやけてしまいます。)


<イケダ>

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28 January

認識がくつがえる

ずっと黒い色だと思っていた鉄の柵に、緑や白い色を見つけました。

 

こんばんは。サカグチです。

自分の認識がくつがえる瞬間が好きなのですが、
忙しかったり、あせっていたりすると、あまりその瞬間に出くわせなくなるので、
意識して、楽しんだり、リラックスしたりするようにしています。

たとえば、眠る前にお香を焚いたり、
たとえば、ASKへ向かう途中に音楽を聴いたり、
そうやって自分がいい状態でいられるための工夫をしています。
そしたら、前に聴いたときには全然いいと思わなかった音楽が、
すごく響いたりして、その瞬間、また嬉しくなります。

 

受験生には特に、自分がいい状態でいられるための工夫をして欲しいと思っています。
感じることができなくなったら、いい作品なんて絶対につくれないんだから。
まずはちゃんと感じることができる状態を保って欲しい。
きれいだと思ったり、かっこいいと思ったり。

自分の感じることを信じて、そして疑って欲しい。

わかったと思っていたことが違っていたり、
絶対と考えていたことが全然絶対じゃないことに気づいたりすると、
今まで信じてきたものが揺らいで、不安になって、混乱してしまう人もいるのかな。
でも、
ひとつの間違いに気づくと、それが鍵となって、
今までずっとわかんなかった謎が解けることだってあるんだけどな。

  

きっと、認識がくつがえること事態が大切なのではなく、
くつがえった認識をもとに、ずっとわからなかった謎が解けること、
ずっとうまくいかなかったことがうまくいくことが大切なのだと思う。

                      サカグチ

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28 January

がんばれー!!


 北山で京芸受験の色彩授業に連日入ったり、
 七条教室の国公立芸大・私大受験(試験間近!)に入ったりしています。
 サイトウです。
 
  
  
  

 受験生は直前講習まっ只中。
 高校3年生はあらがえない『テスト期間』などとも兼ね合いをつけながら、
 必死で過ごしている期間ですね。
 生徒のみんなは、
 それぞれの環境や事情からくるプレッシャーを抱えながら、
 それぞれの背景にいろんな荷物を抱えながら、
 過ごしているんだろうな…と思っています。
 「国公立しか経済的に無理よ」と常々言われているとか、
 親御さんも美術系出身で簡単には「しんどい」なんて甘えてられないな…と思っているとか、その他もろもろ。

 あえて試験前の今、伝えたいなと思うことは、
 受験に合格できるかどうかはわかりやすいひとつの基準だけど、
 けっしてゴールでもなく、価値のすべてでもないということ。
 正直、「スランプ」なんてかんじるには何十年か早いんだと思う。
 きっと、美術の奥の深さの中では受験で感じる壁なんて、浅瀬に過ぎない。
 
 でも苦しいし、孤独だし、焦るし、超えたい壁だし。

 その思いを具体的に作品や日々の行為に還元していくしかない。
 大人はそうやって不安を行為に還元しながら生きている。
 はちきれそうになったら、相談したり愚痴ったりすればいいと思う。

 常に人生に葛藤はつきもので、割り切れないところに魅力を感じるんだとも思う。 
 今、人数が多いなかで、ひとりひとりに声はかけられていないけど、
 作品や表情からひとりひとりの葛藤や成長は感じています。
 細かいことは察知できていないと思うけど。 
 ほんとに、卑屈にならず、傲慢にならず、
 何ができていて何ができていないのか、冷静に自分と向き合って
 歩んでほしいと思います。

 

 先日から疲れがたまるとすぐ風邪っぽくなります。
 よく寝るとなおるんだけど。
 みんなも手洗いうがいなど体調管理も心がけてね。
 応援してます


 <サイトウ>

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26 January

京芸出願について

こんばんは。アスクの上田です。

京芸の入試まで一ヶ月をきりましたね。
    

自分が思っている以上に時間経つのが早いです。
センター試験の時にも感じたと思いましたが、
センターまで「半年」「一ヶ月」「一週間」「一日」…
あっという間だったと思ったと同時に、時間の貴重さがわかったのではないでしょうか?

今まさに実技の講評を受けているみなさんも、貴重の時間を過ごしています。
先生が言っていることを理解し、次の制作に生かしてほしいと思います。
 


さて、京芸の出願についてお知らせです。
すでに願書受付が始まっているのでまだ出していない方は早く準備して出しましょう!

京都市立芸術大学
■出願期間1/23(月)~2/1(水)まで(必着)
1/30(月)以前の発信局消印のある速達・簡易書留郵便に限り、
期限後に到着した場合でも受理します。
■出願方法 
必要書類を同封し、必ず速達・簡易書留で郵送して下さい。
直接大学に持参しても受け付けできません。


上田

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26 January

北山教室の様子

北山教室の様子です。
直前講習も二週目に突入し、教室のボルテージも高まってきています。
大教室も学科教室もきっちきちです。


本日の課題は色彩です。なので道具がかさばり、机の上もこのありさま。


前半は「自然界の調べ」後半は「人間界の夢」というテーマで制作しました。
色彩構成、とくに京芸対策のそれはとても自由度の高い科目だと思います。
そのぶん自分の判断に依る領域が多いのも事実です。

突然ですが、小学生のころ「学級目標」なるものがありました。
「廊下を走らない」
「あいさつをしよう」
「忘れものをしない」
「人の話はきこう」
「イガグリを丸飲みしない」
「外出時は靴をはこう」
「ズボンを着ない」
「セーターをはかない」
「豆乳をまめちちと読まない」
中盤あたりからは面倒くさくなって適当に書きましたが、それらが示すのはおおむね「あたりまえ」のことです。
色彩構成においても、いくら自由度があるといっても、「あたりまえ」のことは当然遵守すべきです。
構成はどうなのか、色はどうなのか。ある程度理論で説明できることはきっと「あたりまえ」のことですね。
ただ、「あたりまえ」のことさえ踏まえればあとは楽しんで、面白がってやればいいだけの話です。
「あたりまえ」からこぼれ落ちてくる部分が、面白さであったり、どれひとつ同じ作品にならない理由であったりします。
いろんな先生がいろんなことを言うと思いますが、萎縮せずに自分のやりたいことをたくましく試していってください。
色彩構成はとくにそういうことの許される科目だと思います。

はやし

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